夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

留学日記 - 日本食渇望症 -

 だいぶ前になりますが、管理人はカナダに2年ほど研究留学していました。その時書いていたある日の日記をアップします。

- 日本食渇望症 -

 カナダに来て約一ヶ月が経った頃、ついに発症してしまった。日本食渇望症。日本食が無性に食べたくなる病気である。まだ来て間もない頃は、カナダの食事が何でも目新しく美味しく感じていたが、食べ慣れると身体がご飯中心の質素な日本食を強烈に求めてきた。

 私の住む田舎町でも近くのスーパーに行けば、味噌・醤油などの調味料や、海苔・豆腐などは簡単に手にはいる。大根、白菜、椎茸、青ネギなど日本でおなじみの野菜も売られているので、たいていの日本食は自分で作ることができる。だが、納豆や刺身などの日本特有の食材は近くのスーパーにも売られておらず、日に日にこれらの食品への想いが膨らんでいった。納豆が1パック1,000円ぐらいで売られていても、おそらく買っていただろう。

 同じラボメンバーの日本人に今食べたいものを聞くと、やはり納豆が人気で、そのほか、豚骨ラーメン、おこわ、日本のカレーライス(固形ルーのもの)、漬け物、枝豆、コンビニのおにぎり、なめ茸、あんみつなど次々とあがり、話し始めた途端、話に熱が入る。納豆が自分たちで作れないか本気で議論もした。

 しばらく経ってから自家用車が手に入り、真っ先に向かったのが、車で約1時間のところにあるJapan Townである。ここでは日本食料品店、刺身が買える魚屋、軽食が食べられるカフェなどがある。30℃を超す蒸し暑い日であったが、お昼、カフェで食べた$6の天ぷらうどんは涙が出るほど美味しかった。そもそも、日本にいた頃、真夏日に熱いうどんをたべることなど想像もできなかったが、そこでは夢中になって目の前のうどんをすすり、気が付くと汁もなにもなくなっていた。どんなにビザなどをたくさん食べても満たされなかったのが、たった一杯のうどんでこんなに幸せを感じるとは思わなかった。食べる喜びは、お腹ではなく心が満たさなければ感じないことをカナダに来て初めて知った。

 帰る際、日本食料品店で両手に抱えきれないほどの食材を買い家路についた。その日の夕食、昔からポン酢党だったので、冷や奴にポン酢をかけて食べた。食べた瞬間、懐かしい味に「これこれ」と深くうなずく。この味が分かる日本人に生まれて良かったと心から思った。

 次の日の朝、念願の納豆を頂くことにした。パックの納豆の上に付いているビニールから、納豆を一粒残らず剥がし取り、丹念にかき混ぜた。箸を持つ手にも思わず力が入る。納豆をご飯にかけると、納豆が眩しく輝いており、思わず拝みたくなる。納豆と少量のご飯を口の中に静かに入れると、脳内に衝撃が走り、目の前が真っ白になった。後の記憶はない…。

 天ぷらうどん、ポン酢がけ冷や奴、納豆ご飯、どれも今まで食べてきた中で一番美味しかった。人生で最高の三食だったと言っても過言ではない。この三食の思い出で一ヶ月は乗り切れると思ったが、逆に日本食渇望症が慢性化し、以前よりもさらに深い症状に悩まされることとなった。

 移民の多いカナダで、移住者が自分たちの町を作りたくなるのも分かるような気がする。そこに行けば、食料品店で自国の食材が手に入り、レストランで自国の料理が食べられるからである。小さな頃から食べ慣れた食事は、体が忘れようにも忘れられない。

 さあ、次の「納豆Day」はいつにしよう!

 今、あらためて読み返してみても、完全に”病気”でしたね(笑)。体が尋常ではないくらい日本食を求めていたことが、今でも思い返すことができます。


 明日から海外学会参加のため、しばらくの間ブログの更新をお休みします。帰国後、上の留学日記以上の”食べ物ネタ”を披露したいと思います。