夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

マーマレードの母

 英国の人気オーディション番組で世界的に有名となったスーザン・ボイルさんは、スコットランド出身ということなので、スコットランド女性にまつわるある食品の開発物語を紹介したいと思います。

 1700年代のある冬、激しい嵐がスコットランドの東海岸を襲いました。あるスペインの商船が、近くのダンディー港に慌てて逃げ込みました。リーズへ向かう途中でしたが、嵐で航海不能になったため、船長は大量に積み込んでいたセビリァ産のオレンジを売りさばく必要に迫られました。

 翌日、食料品店の女主人ジャネット・キーラー(Janet Keiller)はいつものように店で働いていました。港の様子を見に行った夫のジェームスは、港の様子を見に行ったままなかなか戻ってきませんでした。

 ジャネットがいい加減イライラしていた頃、やっとジェームスは帰ってきました。船いっぱいのオレンジを二束三文で買い叩いてきた夫は、妻に「どうだ、すごい買い物だろう」と得意満面に言いました。

 セビリァ産のオレンジはスコットランドでも知られていました。ジャネットも知っていました、苦みが強すぎて食べられた代物ではないことを。このオレンジは当時 化粧品や薬の材料として使われるものでした。

 山のように積まれたオレンジが売り物にはならないと知って唖然とするジェームスでしたが、ジャネットは、転んでもただでは起きないスコットランド女性らしくジこの状況を逆手に取ってやろうと決意しました。

 オレンジを運ぶための荷馬車を手配し、庭で遊んでいた一人息子のメアーを“Mair, Ma, Lad”(メアー、私の息子よ!) と手伝いに呼び、急いでこの食べられない大量のオレンジの砂糖煮にして保存する作業に取りかかりました。マーマレードの語源は、このときジャネットが息子のメアーを呼んだ声とされる説があります。

 こうして出来上がったのが有名な「キーラー・ビターオレンジ・マーマレード」です。

 キーラー家はその後代々このマーマレードを作り続け、大英帝国時代に英国からそれぞれの植民地へ輸出されることで、現在まで世界的な保存食として親しまれています。ジャネットの機転は、夫ジェームスのメンツを救っただけではなく、夫妻とその子孫に一財産をもたらすこととなりました。

 この話はおおむね史実ですが、これがマーマーレードの始まりではないようです。

 ジャネット以前もマーマーレード作りはイングランドやスコットランドで広く行われていました。

 それまでのマーマーレードは、オレンジをドロドロになるまで皮をすりつぶすという手間のかかる調理方法が主流であったのに対し、ジャネットのマーマレードは、大量のオレンジを処理しなければならなかったので、皮を細かく刻むだけで作られました。このレシピは、手間がいくらか省けましたし、出来上がりの量が増えてそれだけ儲けも上がることになりました。

 ジャネットは「皮のスライス入り」マーマーレードの母といえるでしょう。