夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

花粉症を予防・治療できるお米を知っていますか?

 温かくなり、花粉症対策でマスクをする人が増えました。多くのマスクをした人が歩く風景は、ある意味、日本の春の風物詩になってしまったといえるでしょう。

 スギ花粉症は2月から4月までの短期間の季節性アレルギーですが、鼻づまりや呼吸困難により作業効率の低下や外出ができないなどの生活の質の低下をもたらします。また、医療保険に使われる医療費は2,800億円にも及ぶといわれています。

 また、現在スギ花粉症は、国民の約20%が患っていると推定されており、スギ花粉症予備軍を加えると国民の50〜60%にも及びます。まさに、花粉症は日本の”国民病”として大きな社会問題になっています。

 そんな、花粉症に苦しんでいる方のために、「スギ花粉症緩和米」というのが開発されています。詳しくは、独立行政法人 農業生物資源研究所の専用サイト*1をご覧下さい。

 漆器を作る漆職人は、昔から、漆によるかぶれをある方法で防いでいたと言います。それは、漆を「なめる」ことにより、漆に対する過剰な免疫反応(アレルギー)を緩和するというものです。これは、今では「経口免疫寛容」とよばれる現象で、アレルギーを引き起こす物質を食して、体内に取り入得れることによって、過剰な免疫応答の抑制を誘導するというものです。免疫寛容は、つまりアレルギー反応を”鈍くする”という、生体が元から持っている防御機能です。

 スギ花粉症も、スギの花粉をたくさん集めて食べれば経口免疫寛容を引き起こし、花粉症の症状を予防したり治療したりすることが原理的には可能ですが、アレルギー症状を引き起こす花粉アレルゲン成分も食することになるため、ショック症状を引き起こす可能性があります。それに、花粉を集めて食べるというのも現実的な方法ではありません。

 スギ花粉症緩和米には、スギ花粉の中で免疫寛容を引き起こす成分のみが導入され、直接アレルギーを引き起こす物質は入っていません。そのため、スギ花粉症緩和米は、アレルギー症状を全く引き起こすことなく、スギ花粉症の予防や緩和をし、さらには根本的に治療できる可能性を有しています。

 花粉症の方には、救世主になる可能性がある「花粉症緩和米」ですが、市場に出すための大きな問題があります。それは、この米が「遺伝子組換え食品」であるということです。

 食品は薬と違って、100%安全でなければいけないという「ゼロリスク信仰」があります。薬の世界では、すでにインシュリン製剤など遺伝子組換え技術がだいぶ昔から導入されていますが、食の分野では、遺伝子組換え技術に対する日本国民の理解はほとんど得られていないのが現状です。

 「花粉症緩和米」が開発された数年前は、このお米が結構話題になっていたのですが、最近はあまり音沙汰がありません。これは、花粉症緩和米が食品ではなく、医薬品として開発されることになり、実用化にはあと10年ほどはかかる見込みになったことが大きな要因です。

 遺伝子組換え食品に対する安全性の評価はきちんとしなければいけませんが、新しい科学技術に対する国民の”アレルギー”反応だけで、花粉症の方の苦しみを解放できる可能性のある「花粉症緩和米」の登場が延び延びになる今の社会の現状に何か釈然としないのが私の今の心境です。

 

*1:[http://www.nias.affrc.go.jp/gmo/:title=スギ花粉症緩和米の研究開発]