夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

医学のエイジングと食品学のエイジング

 医学の分野でも食品の分野でも、同じ”エイジング”という言葉が使われますが、その意味は両分野間でだいぶ異なります。

 医学のエイジングは、人が「老化」するという意味で、どちらかというとネガティブな意味合いの強い言葉です。そのため、盛んにアンチエイジング(抗老化)ということが近年叫ばれています。

 一方、食品学のエイジングは、日本酒やワインなどの醸造や、食肉を軟らかくする過程に使う言葉で、食品の品質を向上させるポジティブな意味の言葉です。食品分野のエイジングは、「熟成」と訳します。

 このように、年月を経るという意味の英語エイジング agingは、日本語ではニュアンスの異なる「老化」と「熟成」という2つの言葉に分かれます。

 巷のアンチエイジングというのは、「年を取りたくない」、「若くみられたい」という”若さ信仰”から来るのでしょう。しかし、不老長寿の薬を開発した人は未だかつて誰もおらず、残念ながら今のところ人は老化や死を避けることはできません。


 これからの日本は、どの国も経験したことのない超高齢化社会に突入して行きます。アンチエイジングで美容整形に走るもいいでしょうが、ちょっと見方を変えて、人が年を経るエイジングを、芳醇なワインに必要な「熟成」期間のようなものだと考えれば、年を取ることをネガティブなことに感じなくなる助けになるではないかと思います。

 私はこの食品学で使われる「エイジング=熟成」という言葉が気に入っています。