夜食日記

分子調理学者。料理・調理のメカニズムを研究する大学教授。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、共訳書に『The Kitchen as Laboratory』(講談社)など。分子料理・分子調理ラボ(http://molecular-cooking-lab.net)を主宰。関心は「食×科学×芸術」。

かつおと昆布の合わせだしの「相乗効果」の解明

 科学新聞に載っていた記事から。

 昆布とかつおぶしからとっただしは、和食の基本です。丁寧にだしをとったすまし汁の上品な味を頂くと、思わず顔がほころびます。「日本人で良かった〜」と心から思える瞬間です。

 昆布だしのうまみ成分のグルタミン酸にかつおぶしのうまみ成分イノシン酸を合わせると、うまみが増す「相乗効果」は昔からの日本人の知恵でわかっていました。うまみ1の昆布と、うまみ1のかつおぶしを合わせると、そのだしのうまみは7倍になります。つまり合わせだしは、1+1=7というミラクルが起こるのです。

 しかし、なぜ昆布とかつおを合わせるとおいしくなるはずっと謎のままでした。今回、その相乗効果のメカニズムを分子レベルでついに明らかにしてくれました、アメリカの研究グループが…。

Molecular mechanism for the umami taste synergism.
Zhang F, Klebansky B, Fine RM, Xu H, Pronin A, Liu H, Tachdjian C, Li X.
Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Dec 30;105(52):20930-4.

 タイトルは、「うまみ相乗効果の分子メカニズム」というシンプルさです。シンプルなタイトルは好きです。ちなみに、うまみは、世界的にも"umami"で通用します。これは、1908年に日本人の池田菊苗によって、昆布の中からグルタミン酸が発見されことに由来しています。

 人の舌の細胞表面には、味を感じる「味覚受容体」と呼ばれるタンパク質があり、これまで、「甘味」、「うまみ」、「苦味」を感じる受容体が見つかっている。

 うまみ受容体である「T1R1」は、ちょうど下の写真のように、豆から芽が出た後の双葉のような形をしています。

 グルタミン酸とイノシン酸が、「T1R1」双葉のどの部分に結合するか特殊な細胞を使って調べたところ、グルタミン酸は双葉が枝分かれする根元に、イノシン酸は葉の先端にそれぞれ結合することがわかりました。イノシン酸が結合すると、葉が二枚合わさった構造になり、グルタミン酸が安定して中にとどまるため、うまみのシグナルが茎を通って地中の細胞内に増強されると結論づけられました。

 しかし、アメリカのグループが、なぜ「うまみ」の研究を行ったのか。その答えのヒントが、要旨の最後にありました。「このユニークなメカニズムは他の受容体にも応用できるかもしれない」。

 甘味を感じる受容体は、うまみ受容体と似た構造をしています。もし、甘味受容体に結合して甘味を増強させるような物質が見つかれば、少量の砂糖しか入っていない食品でも十分に甘さを感じ、結果、カロリーオフに繋がるでしょう。

 アメリカ国民は3分の1が肥満という、世界最大の肥満大国です。その原因が、砂糖がたっぷり入った炭酸飲料や、油っぽいハンバーガーやフライドポテトを始めとしたジャンクな食生活なのは間違いありません。肥満は深刻な社会問題ですが、長年の食生活を変えることほど難しいものはありません。アメリカの象徴であるコーラもダイエットコーラがあるにもかかわらず、味が違うからといって、通常のコーラしか飲まない人がなんと多いことか。

 この研究グループは、きっと甘味受容体増強因子を見つけてカロリーオフに繋がるような応用を視野に入れているのではないではないかと思います。