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夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

クローン牛に不安を抱くのはなぜか?

食の安全安心 食と社会

<クローン牛>「一般と同様に安全」食品安全委作業部会
1月19日20時57分配信 毎日新聞


 体細胞クローン技術を使って生まれた牛や豚とその子孫について、食品としての安全性を検討していた国の食品安全委員会の作業部会(座長・早川尭夫近畿大薬学総合研究所長)は19日、「一般牛や豚と同様に安全」とする評価書案をまとめた。今後、新開発食品専門調査会、食品安全委員会の審議を経て厚生労働省に評価結果を報告。これを受けて農林水産省は、体細胞クローン牛や豚を食用として解禁するかどうか検討する。

 評価書案によると、体細胞クローン牛は死産や誕生直後に死ぬ例が約31%と、通常の繁殖(人工授精)で生まれた牛の約7%に比べて高い。しかし「おおむね生後6カ月を超えれば一般の牛と死亡率の差はなく、同じように発育する」として、この時期まで成長すれば一般の牛や豚と差異はないと結論づけた。

 私はクローン牛を食べたことがあります。クローン牛のミルクも飲んだことがあります。体細胞クローンではなく受精卵クローンですが。

 それはさておき、クローン牛が安全だといわれても、専門知識のない消費者にとって不安は全く拭えないでしょう。その根底にあるのは、「『食の安全』と『食の安心』は全く別物だ」という問題です。

 食の安全は科学的なデータで証明できるのに対して、食の安心は感情的で情緒的なものです。例が不適切かもしれませんが、夫婦喧嘩で、夫が理屈で説明するのを妻が感情ではね返すのと似ているような気がします。理詰めの説明が「イヤなものはイヤ」という感情の人には全く役に立たないのです。

 一般的に消費者はクローンという言葉にいいイメージは持っていないでしょう。家畜のクローンといっても、おそらくヒトのクローンを想像させ、倫理に反する印象がクローンという言葉にべったりと張り付いているからです。

 私は研究者という職業上、論理的思考(屁理屈ともいいますが)が習慣化しています。このクローン牛の問題にしても、遺伝的資質は親とほとんど一緒であるため、食用として問題がないことはほぼ明らかで、消費者団体がなぜ反対するのか、以前の私だったら皆目分からなかったでしょう。

 しかし、食の安心・不安という人の心情面から見ると、専門的知識のない人が得体の知れないクローン技術に不安を抱き、安全と思えないのも何となく分かります。消費者はクローンのウシさんそのものに不安を持っているのではなく、クローンという新しい「技術」に不安を持っているのです。

 私がそんな心情を察することができるようになったのも、たくさんの夫婦喧嘩を経てきたおかげかもしれません。理屈では説明できない女性の「イヤ」という感情には、本質的な問題が隠れていることがあります。

 「安全」との評価が出ても、即解禁とはならない。まず高い死亡率が示すように、体細胞クローン技術は発展途上だ。良い品質の肉を効率よく生産し、安く提供するという本来の目標には多くの課題がある。作業部会の早川尭夫座長は「現時点で出せる科学的な結論を出した。体細胞クローン技術は研究段階の繁殖技術で、すぐに食卓に、という話ではない」と語った。

 体細胞クローン技術は、主に研究段階の技術、すぐに市場に解禁はしないとありますが、消費者が「それならなぜ安全性の検査をしたんだ。知らないうちに私たちはクローン牛を食べさせられるのではないか」という不安を抱くのはいわば当然でしょう。

 お役所は今後市場にクローン牛が出荷された時、「クローン牛は安全ですよ」というのを科学的データという理屈で訴えたかったのでしょうが、クローンの知識を消費者にわかりやすく説明することなしにことさら安全性だけを強調すると、逆にクローン牛に対する反発心をあおり、不安を抱く人が増えることをなぜ想像できないのでしょうか。野菜嫌いの人に「野菜、美味しいよ」と無理強いしても全く本人に響かないのと一緒です。

 食の安全を考える人が、その背景にある消費者の心理を読まないと、ますます国民の食の不安を募らせる結果になるのではないかと私は心配しています。リスクコミュニケーションはとても大事です。食品安全に関わる人に心理学(食品心理学というもの)は必修科目ではないでしょうか。