夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

死のキス

 「死のキス(fatal kiss)」というのをご存じでしょうか。

 2005年11月末に、カナダのケベック州に住む15歳の少女が、ボーフレンドとキスをしたことで死亡したというニュースが報道されました。少女はビーナッツアレルギー患者で、相手の男性が直前にビーナッツバターを塗ったサンドイッチを食べたことが原因とされています。

 当時、リアルタイムで知ったニュースですが、今振り返っても悲しすぎるニュースです。亡くなった彼女のボーイフレンドが受けたショックは計り知れなかったはずです。彼女の家族をはじめ心情を察するに余りあります。

 普段、私たちがおいしく食べている食べものは私たちの栄養になりますが、その食べ方やその種類によっては高血圧、がん、糖尿病などの病気を引き起こします。食が人に最も劇的な影響を与えることの一つが、食物アレルギーによるアナフィラキシーショックではないでしょうか。上の少女のように、ショックにより最悪死に至るということがあるからです。

 食中毒もアナフィラキシーと同様に致死的な症状を示します。しかし、食中毒と食物アレルギーの最も違うところは、食中毒の原因となる食品を食べれば、たいていの人が食中毒になりますが、食物アレルギーは、アレルギー原因物質を食べてもほとんどの人が全く平気なところです。そこに、アレルギー独特の問題があるように感じます。

 自分が経験したことのないことは、なかなか人間は理解ができないものです。健康な人にとって、病気の人の苦しみとは頭で分かっていても、心では真に理解できないでしょう。アレルギーと全く関係のない人にとっては、「自分が食べて何ともないものが、どうして食べられないんだ」という心情を少なからず抱いてしまうのではないでしょうか。

 乳幼児の5〜8%、成人の2%が、何かしらの食物アレルギーをもっているといわれています。食物アレルギーを一番気をつけないといけないのは、自分で食べるものを選ぶことができない子供たちです。

 食物アレルギーをもつ子供やその家族にとって食事は、膨大な手間と時間がかかるだけでなく、「偏食」、「神経質」、「心配性」といった周りからの理解のなさに苦しむ原因にもなるといわれています。学校給食でも、食物アレルギーの原因となる食品が制限された特別食を提供されると、仲間はずれにされることもあります。「食べる」という一日で最も楽しくなるはずの時間が、気を抜くとができない修羅場となるのです。

 食物アレルギーの子供たちが、じんましんといった体の内側からの症状だけでなく、周囲の人達のなにげない無理解という外敵とも戦わなければならないというのはかなり酷なことではないでしょうか。