夜食日記

食品研究者が夜中に「食」についてつらつら綴る日記。専門は、分子レベルの「食品学」「調理学」「栄養学」。「クックパッド食みらい研究所」特別研究員。分子料理・分子調理ラボ(www.molecular-cooking-lab.net)を主宰しています。食ほど体と心に影響を及ぼすものはないと思いませんか。

愛猫の死

 昨日、愛猫が死にました。茶トラのオス猫でした。

 出会いは、私が大学教員として最初に赴任した大学の2年目のこと。卒論指導をしていたM君に「子猫拾ったんですけど、自分飼えないので、先生飼ってくれませんか?」と言われたのがきっかけでした。かなり熟考しましたが、数日後、飼うことをその学生に伝え、猫との生活が始まりました。

 引きとったときの猫は、携帯電話くらいの大きさで、目ヤニがたくさんついていました。

 子猫の殺人的なかわいさの時期はあっという間に過ぎ、すぐにふてぶてしい猫へと変わっていきました。

 何年か過ぎた後、海外に研究留学する機会が訪れ、愛猫は私の実家に2年ほど預けました。

 猫と長く暮らすと、猫が足にまとわりついてくる“あの感触”があたりまえになります。留学中、部屋の中で愛猫の幻影というか、「幻猫」を何度見たことでしょうか。

 留学から帰ってきてから、また猫を呼び寄せ、猫と暮らすことが、あたりまえ、スタンダードの生活となっていました。

 しばらくしてから、今の大学に転職しましたが、その時ももちろん愛猫と一緒に引っ越してきました。

 その約一年後、東日本大震災がありました。

 住んでいたマンションから引っ越さざるを得ない状況になりました。ペット可の物件を探しましたが、その当時、選べる物件の数自体がほとんどなく、結局、ペット不可の部屋しか借りることができなかったため、今度は妻の実家にお願いして、しばらく猫を一時退避させることにしました。

 その後も、ペット可物件を探していましたがなかなかなく、妻の実家での猫の“疎開生活”は続いていきました。

 妻の実家に猫の様子を見にいくと、猫は「王様」のようになっていました。

 広い家を縦横無尽に走り回り、大きなソファーをわが物顔で専有していました。いたるところにダンボールの爪とぎが配置され、新鮮なエサと水を常時提供、24時間エアコンで温度コントロールされた部屋で過ごし、冬は猫専用ホットカーペットに猫専用電気毛布完備の生活でした。

 自分といたときよりも、明らかにのびのびと暮らしているのがわかりました。

 そして、お義母さんと猫が、互いに信頼し合っているのを感じました。わがままな猫の行動パターンを読み、適切な距離感で合わせてくれていました。それを見てから「これはもう呼び戻せないな」と思いました。

 私が妻の実家に行く度、愛猫は私の足ににおいをつけるマーキングのすりすりをしてきて、そそくさと立ち去るのが常でした。知らない人には近寄らない猫だったので、私のにおいは覚えてくれてはいたのでしょう。「昔のよしみで、あいさつくらいはしてやるか」という感じでした。

 猫を飼うこと、犬を飼うこと、ペットを飼うこと自体、そもそも人間のエゴなのでしょう。

 猫は人間の言葉をしゃべらないので、幸せなのか不幸なのかなかなかわかりません。ただ、私が飼っていたときよりも、お義母さんが飼っていたときの方が、猫の表情、態度から判断するに、幸せそうでした。それは間違いないでしょう。

 「飼うんだったら、自分のエゴの範囲内で、猫にとってもっといい環境を作ってやれば良かった」という後悔の念が渦巻いています。「自分を飼うだけで精一杯の奴」は、そもそも動物を飼う資格はないと。

 6年以上、世話し、看病し、納骨までして頂いたお義母さんにはただただ感謝の言葉しかありません。震災という予想のしなかった展開で急遽お願いすることになりましたが、猫の晩年、最高の環境をつくっていただきました。猫の爪でお義母さんの足が傷だらけになっているのを見た時は、いたたまれない気持ちでした。 

 私の実家も2年間、預かってくれてありがとうございました。

 愛猫よ、16年間いてくれて、どうもありがとう。ただただ、ありがとう。f:id:yashoku:20170727210358j:plain

 昔の写真、見るんじゃなかったな。